━ 記憶の継承と復興の課題、そして東京の責任 ━

2026年3月11日、東日本大震災の発生から15年を迎えました。警察庁によれば、この震災による死者は1万5,901人、そして災害関連死を含めると1万9,711人に上ります。さらに現在でも行方が分からない方々2,519人を合わせると、死者・行方不明者2万2,230人という甚大な被害となっています。
心より哀悼の意を表します。
この日、被災地のみならず全国各地で慰霊祭・追悼式が行われ、それぞれの人々が、お亡くなりになられた方々と向き合い、静かに祈りを捧げました。多くの人が身近な人の死と向き合いながら、それでも必死に立ち上がり、前を向いて生きてきた15年であったと思います。
1. 震災が突き付けた「生かされている命」
震災は多くの命を奪いました。しかし同時に、残された私たちに「生かされている命」の意味を問い続けています。
奈良・薬師寺の高田好胤元館主は、「真実の対話は、死に別れた日から始まる」と述べられています。
亡き人との対話を通し、亡き人の分まで生きる。至らない自分を自覚し、だからこそ生かされている命に感謝し、生きていく。亡き人との対話は終わることはないと思います。
2. 故郷・福島が受けた二重の被害
私の父の故郷である福島県富岡町は、震災による津波被害に加え、福島第一原発によって長期に亘る非難を余儀なくされた地域です。そこには、家族、仕事、学校、友人、地域社会等すべての日常がありました。しかしその日常も、震災と原発事故によって、その生活の基盤のすべてが奪われてしまいました。
富岡町の人口は、震災前は約1万6,000人でしたが、現在では約2,000人前後(昼間の人口は1万人弱)で、人口の約9割が減少したままです。
若い世代の帰還率は低く、特に子育て世代の戻りは限定的です。教育・医療・雇用などの生活基盤が十分に回復しておらず、原発事故による風評被害の影響が大きいとされています。
3. 福島の電力で成り立っている首都圏
忘れてはならない事実は、震災前、福島県で発電された電力の約8割は首都圏で消費されていたという事です。
つまり福島県は、首都圏の豊かな生活を支える「電力供給地」でありました。
この事実は、私たち首都圏に住む者に大きな責任を問いかけていると思います。
原子力によって私たちは本当に豊かな社会を築けていたのか。原子力の裏側で、誰かがリスクを背負う社会でよかったのか。この問いは今も終わっていないと思います。
4. 廃炉という100年の国家課題
福島第一原発の廃炉作業は今も続いています。廃炉完了までの期間は30~40年以上とされておりますが、実際には100年規模の国家課題とも言われています。現在も、燃料デブリの取り出し、汚染水処理、廃棄物管理など前例のない挑戦が続いています。
震災は終わっていません。
復興もまだまだ道半ばです。
5. 新しい未来への挑戦 ━ 水素社会 ━

今、福島は未来への挑戦を始めています。福島の復興は、「復旧」から「新しい地域モデルの創出」という段階に入っています。人口減少、産業基盤の弱体化という課題を乗り越えるために、未来志向の産業政策が必要だからです。その柱となるのが、再生可能エネルギー拠点化とデジタル産業の集積です。
その象徴が、浪江町の水素エネルギー拠点になります。
福島では再生可能エネルギーを活用した世界最大級の水素製造施設(FH2R)が整備され、水素社会の実現が進められています。
この水素は、東京2020大会の水素燃料車や聖火台などにも活用されました。そして現在東京都も、水素エネルギー社会の実現に向け、福島と連携しています。
震災を契機に、「原子力依存から未来エネルギーへ」という新たな挑戦が始まっています。そしてその先に、グリーンデータセンターという新しい産業モデルを目指しています。
6. 復興政策の課題
東北復興予算は現在、福島県を除き終了しました。しかし復興は単なるインフラ整備ではありません。本当に必要なものは、「人の復興」にあると感じます。人口減少、若者の帰還率の低さ、医療・教育不足、心のケア、地域コミュニティ再生など、生活を支えるソフト面の課題が残されています。震災の記憶が風化する中で、支援が縮小されていくことには大きな懸念があります。
7. 東京の責任と防災
震災の教訓は、東京にも突き付けられています。
首都直下地震の想定は、死者数2万人、建物被害約60万棟と言われております。だからこそ防災力の強化、都市インフラの耐震化、避難体制の整備、帰宅困難者対策、防災教育が不可欠です。
そしてもう一つ大切なことは、防災は日頃の備えが何よりも大切という教訓、
震災の記憶を伝え続けることだと思います。
東日本大震災は、多くの尊い命を奪いました。この不条理な震災を、私たちがどのように受け止め、どのように未来につなげていくのかということが求められています。
お亡くなりになられた方々の残した問いは、今も私たちに語り続けています。
私たちは何かの役割を持って生かされている存在だと思います。
だからこそ、この命を社会のために役立てていきたいと思っています。