東京都から「分配の好循環」を創る

━ 円安インフレ下の実質賃金低下と行政の役割 ━

1. 円安インフレ下で進む実質賃金の低下

2026年春闘は大詰めを迎えています。

現在の日本経済は、円安とインフレの進行という新たな局面に直面しています。企業収益は改善している一方で、物価上昇を上回る賃上げは依然として十分とは言えず、実質賃金は低下傾向にあります。

総務省の消費者物価指数は、2024~2025年にかけて3%台の上昇が続いています。

一方で春闘賃上げ率は、

●2024年 5.33%

●2025年 5.25%

と歴史的高水準となっていますが、このうち2%は定期昇給であり、実質的にベースアップは3%前後であります。結果として、物価上昇率とほぼ同水準にとどまり、実質賃金の上昇は極わずかであります。この状況は、家計の購買力を低下させ、消費の停滞を招いています。

経済学では、消費者が支払ってもよいと考える価格と実際の価格との差を、「消費者余剰」と呼びます。

例えば、1,000円の価値があると感じる商品を800円で購入できれば、200円の満足度が余剰として得られることになります。

しかし近年は急激な物価上昇により、

●食料価格

●エネルギー価格

●住宅関連費

が上昇し、生活者の可処分所得は実質的に減少しています。

その結果、消費者余剰は縮小し、生活水準の低下や生活苦に繋がっています。

これまで日本は、生産性向上によって生まれた利益が十分に価格に転嫁されず、質の高いサービスを比較的安価に享受できる構造が存在しました。

この「大きな消費者余剰」があったため、実質賃金が長く上がらなくても生活が維持されてきました。しかし現在は、インフレが直接国民生活を圧迫する局面であり、企業収益をどのように分配するかが、日本経済の持続的成長の鍵となっています。

2. 円安インフレの背景

現在のインフレの背景には、国際金融環境の変化があります。コロナ禍では世界各国が大規模な金融緩和を実施しましたが、その後世界的にインフレ圧力が高まり、米国、欧州などは急速な利上げ政策に転換しました。

一方日本はデフレ脱却を目的に2%のインフレ目標を掲げ、低金利政策を維持しました。この政策は、コロナ化で急増した企業債務の負担軽減に寄与しました。特に中小企業においては、資金繰りの安定が図られ、企業倒産を歴史的水準に抑えることができ、設備投資や雇用の維持、また株価上昇、不動産投資の拡大を通じて、日本経済の回復を支える役割を果たしてきました。しかしこれにより、日本と海外との間で大きな金利差が生まれました。投資資金はより高い金利を求めて移動するため、低金利の円を売り、高金利のドルを買う動きが強まり、円安が進行しました。

このように金利差によって得られる利益を金利差益(キャリートレード)と呼びます。

更にロシアによるウクライナ侵攻、エネルギー市場の混乱などにより、原油、LNG、食料などの輸入価格が上昇しました。円安は輸入物価をさらに押し上げ、結果として日本国内では、エネルギー価格、食料価格が上昇し、国民生活を直撃しています。

一方で円安は輸出企業の収益を押し上げました。特に自動車産業などでは為替差益が大きく、企業収益は大幅に改善しています。企業収益の改善を背景に春闘でも賃上げは続いていますが、インフレ率を上回る水準には至っていません。

2026年春闘も5%前後の賃上げ維持が焦点となっていますが、実質賃金を押し上げるためには、物価上昇を上回るベースアップが求められています。

3. 賃金が上がらなかった日本の構造

日本で賃金が長期停滞した背景には、バブル崩壊後の企業行動の変化があります。

(1)メインバンク制の崩壊

1990年代のバブル崩壊後、日本企業は金融危機に直面しました。従来企業を支えていたメインバンク制が弱まり、企業はこれまで通りの長期雇用制度を維持するため、自ら資金を確保する必要に迫られました。その結果内部留保の蓄積、雇用維持のためのコスト抑制が企業経営の基本となりました。

(2)内部留保の積み上げ

企業は利益を賃金ではなく、将来の不確実性への備えとして、内部留保に回す傾向を強めました。

日本企業の内部留保は

●2000年頃 約200兆円

●2013年頃 約330兆円

●2024年頃 約550兆円

とバブル崩壊後、約5倍に増加しています。

こうした内部留保は、リーマンショック、コロナ禍といった危機を乗り越える安全装置として機能しました。しかしその成功体験が現在では、投資の抑制、賃上げの慎重姿勢につながり、円安インフレ下の成長を阻む要因となっています。

4. 地方自治体と非正規雇用の拡大

地方自治体もまた、長期デフレの影響を強く受けました。バブル崩壊後、地方税収の減少(東京都も4年で1兆円減収)、高齢化による社会保障費の増加、バブル期に整備した施設の維持費などにより財政が圧迫されました。

その結果、多くの自治体では職員定数の削減、人件費抑制が進められ、代替として非正規雇用が拡大していきました。

この流れは、日本社会全体の雇用構造にも影響を与えました。

5. 非正規雇用の増加と社会保障制度

1990年代後半から2000年代にかけて日本では、非正規雇用が急増しました。

●1990年 約20%

●2024年 約37%

まで拡大しています。

その背景には、社会保障制度も関係しています。高齢化の進展により社会保障費が増加し、企業にとって社会保険料は重要な労働コストとなりました。企業はコスト調整のため、正規雇用削減、非正規雇用拡大という形で対応してきました。

さらに2000年代の労働市場改革では、雇用の流動化が推進され、非正規雇用の活用が制度的に拡大しました。

その結果

●低所得層の拡大

●就職氷河期世代の形成

●少子化の加速

など社会的影響が生じました。

6. 東京都における非正規雇用の実態

東京都の職員構成は

●総職員数 約16万8,000人(警察・消防・教育職員を含む)

●知事部局数 この内の3万3,000人

一方会計年度任用職員(非正規職員)は、約2万2,819人にのぼっております。

構成を見ると

●61歳未満 女性72%

●61歳以上 男性53% 女性47%

となっており、若年層では女性の割合が高く、高齢層では再雇用男性が多い構成となっています。

多くの会計年度任用職員は

●1年契約

●更新上限4回

●昇給なし

という不安定な雇用条件にあります。

東京都の最低賃金は2025年度で1,226円と全国最高水準でありますが、東京は住宅費・生活費も全国最高水準であります。

また民間企業では

●平均時給 1,381円

と、東京都の最低賃金より155円高い水準となっています。

業種別では

●不動産業 1,481円

●建設業 1,431円

●ITサービス 1300円以上

などの水準となっています。

一方行政の非正規職員の年収は、約200~250万円程度であり、正規職員の6~7割程度にとどまっています。このような不安定雇用は、結婚、出産、子育てを困難にし、少子化の要因ともなっています。

7. 教育現場への影響

教育現場では教員の負担軽減を図るため、会計年度任用職員の配置を積極的に進めてきました。学習支援員、教育補助員、スクールカウンセラーなどがその例です。

特にスクールカウンセラーは文部科学省の事業として配置が進められてきましたが、東京都では不登校対策、いじめ対応などの需要が急増しています。しかし多くのスクールカウンセラーは、週1~2勤務、複数校掛け持ちという体制であり、児童・保護者・教員からの相談に十分対応ができない状況が指摘されており、勤務時間外の対応も多く、実質的な労働負担はかなり大きいと言えます。

8. 東京都が果たすべき役割

東京都は女性活躍社会推進、子育て支援充実を政策の柱として掲げております。しかし現実的には、行政自身が大量の不安定雇用を抱え、その雇用者の7割が女性であり、未婚者が多いという現状では、この理念に矛盾していると感じています。

東京都職員の給与は人事委員会勧告に基づきますが、会計年度任用職員の給与は最低賃金基準に設定される場合が多く、仕事内容が十分に反映されにくい状況が続いています。是非とも行政評価の観点に、業務の適正評価も加え、行政の質の向上にも取り組むべきです。

2025年度は、企業収益の改善により、約4,590億円の税収増となりました。そうした状況において、現在求められているのは、デフレ期のような行政コスト削減ではありません。

求められるのは、行政コストの適正化とともに

行政サービスの質の向上、人材確保への投資です。

東京都が会計年度任用職員の賃金を引き上げることは

●分配の好循環の創出

●女性活躍の推進

●教育の質の向上

など多くの効果をもたらします。

【東京から「分配の好循環」をつくる】

現在の国際情勢は不安定であり、企業は将来不安から、中小企業を中心に賃上げに慎重になりがちです。日本経済はこれまで金融危機、リーマンショック、コロナ禍など幾度も危機を経験し、乗り越えてきました。だからこそ、今必要なのは、国による責任ある積極財政・民間企業による実質賃金の上昇・消費者余剰の回復であります。

その中で、東京都が会計年度任用職員の待遇改善を進めることは、単なる賃金政策にとどまらず、日本経済全体にとって、「分配の好循環」を促す象徴的な政策となります。

是非東京から分配の好循環を生み出すという強いメッセージを発信していただきたいと強く求めてまいります。

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