主権国家の責任とは

中国による台湾への軍事的圧力が日常化し、「台湾有事は日本有事」という認識が国際社会で共有される中で、我が国固有の領土である尖閣諸島をめぐる緊張もまた、現実の脅威として直視しなければならない段階に入っています。尖閣諸島の問題は、単なる外交摩擦ではなく、日本の領土・主権と国家としての意思が問われる根源的な課題であります。

  1. 尖閣諸島の歴史的位置づけ

尖閣諸島は、1895年(明治28年)、国際法上の「無主地先占」の原則に基づき、日本政府が正式に領土編入を行った島嶼群です。これは日清戦争の講和条約「下関条約」とは無関係に、長年の現地調査を終えて閣議決定されたものであり、日本の領有は法的にも歴史的にも明確なものであります。

その後、明治天皇の勅命を受けた古賀辰四郎氏が魚釣島を中心に開拓に乗り出し、鰹節工場や集落を築き、最盛期には数百人が生活を営んでいました。尖閣諸島は東シナ海に浮かぶ隔離された島で、過酷な環境の中での生活は、多くの困難があったものと推察できます。こうした事実は、単なる名目上の領有ではなく、「実効支配」が長期にわたり継続されてきたことを示す動かぬ証拠であります。尖閣諸島を日本が領有していることによって生じた排他的経済水域(EEZ)の拡大は、極めて重要な意味を持っています。沿岸から200海里(約370㎞)までの海域が、沿岸国が漁業、海底資源(石油、天然ガス、メタンハイドレート、レアメタル等の資源)、海洋調査、海洋エネルギー利用について、主権的権利を持つ海域になりました。また、日本のシーレーン(海上輸送路)にとって重要なものとなりました。現在も魚釣島には鰹節工場の形跡が残されており、後に所有者となった栗原家によって建立された顕彰碑が、先人たちの営みと苦労を静かに伝えています。私も実際にその場に立ち、勅命で開拓して来られた古賀氏のご苦労に思わず涙が出ました。

現在魚釣島は、ヤギの食害で荒廃し、漂着ごみの量も深刻化しており、生態系崩壊の危機に晒されており、早急な対処が求められます。

2. 中国自身が認めていた尖閣の帰属

重要なのは、中国が長らく尖閣諸島を自国領と主張してこなかったという事実であります。1970年代に東シナ海の海底資源が注目されるまで、中国政府が公式地図や文献において、尖閣諸島は日本領として扱われていました。またかつて、中国人が尖閣諸島沖で遭難し、乗船が難破して、魚釣島に漂流する事故が発生した際、日本側に救助され、適切な保護を受けたことにより、市政府名義で日本側に感謝の意を示す礼状が送付されています。これは尖閣諸島が当時日本の領土であるとの認識が中国側にあった証左であります。この歴史的経緯は、「古来より中国の領土である」という現在の主張が、後付けであることを雄弁に物語っています。

3. 戦争が刻んだ尖閣の悲劇

尖閣諸島には、主権論争とは別次元の忘れてはならない人道的悲劇があります。

1945年6月23日、沖縄本島が陥落し、石垣島にも米軍上陸の危機が迫る中、住民の疎開のため、台湾へ向けて二隻の疎開船が出向しました。一隻は直ちに撃沈され、もう一隻も魚釣島近海で撃沈されました。生き残った70数名が魚釣島に上陸したものの、救助は訪れず、全員が命を落としました。

この悲劇は石垣島において、「尖閣諸島疎開船遭難事件」として現在も毎年慰霊祭が行われ、静かに語り継がれております。国会議員、地方議員を問わず、議員連盟も参加させていただいています。尖閣諸島は、単なる国境線上の無人島ではなく、日本人の命と歴史が刻まれた場所だと思います。だからこそ、国家の最高責任者がこの地に思いを致し、慰霊の誠を示すことは、大変象徴的な意味があります。

高市総理には、是非実現していただきたい思います。

4. 主権を軽んじた政治判断

2012年、野田政権下において、香港の活動家グループが魚釣島に不法上陸し、中国国旗を掲げるという重大な主権侵害事件が発生しました。彼らは逮捕されることなく、翌朝には異例の措置として、石垣島空港を早期開港させ、チャーター便で帰国させられました。

その直後、以前より計画していた慰霊祭が現地で行われ、日本の主権を守るため抗議の意思を持って魚釣島に上陸し、日本の国旗を掲げ、改めて私たちは慰霊を行いました。

私は、私たちの無許可上陸をとがめられる以前に、「ここはどこの国の島なのか」ということが問われるべきであり、主権を侵害した者を処罰せず、毅然と抗議もしない姿勢は、結果として相手国に誤ったメッセージを送ることになり、国益を侵害することになると思っています。

こうした誤った政治判断を下したのが、当時(民主党時代)の野田総理であり、忘れてはならないことと思います。

「義を見てせざるは勇無きなり」日本の明確な領土である魚釣島に不法に上陸した者を処罰せず、抗議もしない日本の姿勢は、明治天皇の勅命により命をかけて開拓して来られた方々の営みとご苦労、そして無念にも救助を待ちながらお亡くなりになられた方々への冒涜であり、行動を持って抗議することも必要であると感じています。

5. 中道改革とは何を指すのか

現在、立憲民主党は「中道改革」を掲げています。しかし国益や主権において曖昧さを残し、相手国への過度な配慮を優先させる姿勢が「中道」であるならば、それは果たして国民の生命と領土を守る道なのかと断じて容認できるものではありません。中道とは本来、現実と理想の間で国家としての責任を果たすためのバランスであるはずであり、主権を譲り渡すための言葉ではないはずです。

現在、高市総理が発した台湾有事に関する発言を受け、中国との間に一定の外交的摩擦が生じています。中国側はこれを内政干渉と位置づけ、反発を強めておりますが、そもそも台湾海峡の安定は、日本の安全保障と直結する問題であり、これに介入した同盟国の米国が攻撃を受けるという前提での発言であり、これに言及すること自体が異常視されるべきではありません。むしろ踏み込んだ発言を問題視するならば、国家の安全保障上の機微に触れる質問をして、公の場で執拗に答弁を求めた立憲民主党の岡田克也議員の姿勢こそ問題視されるべきです。総理の答弁は、従来の政府見解を超えるものではありません。これは立憲民主党による、中国との摩擦を生じさせる口実づくりの計略とも感じられる事案であり、これが立憲民主党の本質であることを重く受け止めなくてはなりません。

台湾有事をめぐる発言が摩擦を生んでいる今だからこそ、刺激を避けるために語らないのではなく、「語るべき事実を、事実として語る」姿勢も、主権国家として当然必要であると思います。

尖閣諸島の問題は、過去の歴史、戦争の悲劇、現在の安全保障、そして将来の国家像が交差する地点にあります。我々が今、冷静に考えるべきは、「誰を刺激するか」という事だけではなく、主権国家として

「何を守るか」であります。

我が国の領土、主権、そして先人の命の記憶をどう受け継ぐのか、尖閣諸島は、その覚悟を日本人一人ひとりに問いかけていると思います。

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