新型コロナウィルス感染症が収束して以降、訪日外国人旅行者が激増する東京、大阪などで彼らの宿泊先として急拡大してきたのが民泊です。
民泊は戸建て住宅やマンションなどの住宅の全部または一部を活用して、旅行者などに宿泊サービスを提供するもので、宿泊費用が割安になり、地域ならではの暮らしを体験できる、多様な宿泊ニーズに対応でき、供給側にも新しい収入源として、また空き家問題の解消として期待されています。
政府は観光立国の実現に向けて、2030年までに訪日外国人旅行者数6000万人達成の目標を掲げており、今後もその需要は益々高くなっていくものと思われます。
民泊新法が施行された2018年6月に約3万件だった物件数は、2024年には約3倍の10万件を超え、宿泊実績も前年同期比で150%増となり、その内の約64%を外国人旅行者が占めています。
このような民泊は、2008年頃からAirbnbのような米国系民泊仲介サービスによって、世界各地で利用が広まってきました。日本でも訪日外国旅行者の増加に伴い、民泊は急速に普及し、無許可で営業する違法民泊の増加が社会問題となりました。こうしたことにより政府は、これまでの「旅館業法」の枠組みとは異なる新たな宿泊カテゴリーとして合法化するために、2018年6月15日に「住宅宿泊事業法」(民泊新法)を施行しました。
また東京2020大会の開催が控えていたこともあり、観光振興と地方活性化の起爆剤として、国家戦略特別区域法に基づく旅館業法の特例(特区民泊)を設け、不透明だった民泊の存在を一定の法秩序の下で適正化し、政策的に拡大する方向に舵を切りました。その第一号として全国で初めて取り組みを開始したのが大田区で、羽田空港を拠点とする「国際都市おおた」の環境整備や訪日外国人向けの「エントランス」にする試みから、認定件数を一気に増やしてまいりました。
法制化により、民泊ビジネスは合法的に原則年間180日(特区民泊は認定されたエリア内で通年)以内において、住宅地の普通の家を短期間貸し出すことができ、管理業務を「住宅宿泊管理事業者」に委託するなど柔軟な経営が可能となりました。また学校や児童福祉施設などから100メートル以内の場所においても、視界を遮るなどの対応を取ることにより営業ができるなど、地域住民の生活環境に大きな影響を与える存在にもなってまいりました。
こうした一定の要件を満たせば素人でも民泊経営ができることから、民泊が全国に広がる中で、政府は更なる拡大を意図して、常時宿泊を前提とした「旅館業法」上の民泊において、客室延床面積(33㎡以上)やフロント設置義務などの規制緩和を行い、更に民泊経営の支援のための各種補助金を設け、民泊の非接触型のセルフチェックインシステムの導入、AIやIoTを活用したスマート民泊の普及、多言語対応機器の整備など、省力化、無人運営を後押しして、従業員不足に悩む宿泊施設が多い中でも、民泊に対する注目が高まり、一時は事業廃止件数も多かった民泊ビジネスにおいて、稼働率、収益性の向上を実現しました。そしてサービスの幅も広がり、利便性が向上したことにより、利用者にとっての選択肢が増え、割安感もあることから家族連れやグループ旅行などの大人数で利用できる民泊は、観光需要の回復とともにさらに増加してまいりました。また今では国内企業のリモートワークやわーケーションの定着により、新たな滞在スタイルとして当たり前のように利用されるようになりました。
しかしそうして拡大してきた民泊ですが、日本で許可された宿泊業としての歴史はまだまだ浅く、民泊の広がりによって新しい観光の形や地域経済の活性化が図られた反面、ゴミ出しや騒音、屋外での喫煙、たばこのポイ捨てなどのマナーの問題や、全く知らない多くの外国人が地域に出入りすることによる周辺住民からの不安の声、苦情が多く寄せられるようになり、改めて政策の見直しが求められております。
民泊が「健全なビジネス」として社会から容認され、持続可能な事業として成り立つには、特に3つの視点が大切だと言われております。
1つ目は、「ビジネスの視点」として、コンプライアンスと採算性。
2つ目は、「観光の視点」として、民泊コンテンツの魅力。
3つ目は、「地域社会の視点」として、地域社会との共存・共生。
これまでの民泊政策は、企業利益先行で始まってきた経緯があり、その後民泊ビジネスの経済的側面と観光的側面を考慮して合法的な政策として進められてまいりましたが、民泊の特徴である「地域との関係性」という側面への認識不足が地域の不安を生み出しております。
民泊ビジネスが法制化され、民泊についてのルールが整備されたとはいえ、地域住民の中にはまだまだ民泊に対する警戒心や嫌悪感を抱く方は少なくありません。民泊が本来居住を目的とする住宅を用いた宿泊サービスであることから、民泊が持続可能なビジネスとして成り立つには、正に地域コミュニティの観光受容力にかかっています。そして観光受容力の許容範囲は住民生活の場の開放性および地域コミュニティの秩序に対する住民感情によります。
このような事から、様々なストレスを生みやすい東京や大阪などの都市における都市型民泊には、大きな課題があると言えます。特に地域コミュニティは本来、そこで生活する人が健康で安全に、そして快適に暮らせる生活空間でなくてはなりません。地域コミュニティのルールやマナーを共有できない人々に対しては開かれていない空間であります。そこに見知らぬ旅行者が入り込むことによって生じる地域住民のストレスは大きなもので、そのストレスは心理的許容度を超えてしまいます。
こうしたことから、安心して生活ができる地域社会を第一に考える上で、住民感情が民泊を素直に容認できる環境に至っていない状況においては、拙速に民泊政策を推し進めるには無理があり、拡大し続けている都市での民泊を見直す自治体が増えております。
大阪市では民泊が急速に増え、住民の不安が高まっていることから、急遽特区民泊の新規申請の受付を来年5月末で停止する方針を固め、市は国に対して施設への指導・監督を強化するための法改正を求めており、大阪府も同様な方針を示しています。
地域に責任を持つ行政として今求められていることは、安心・安全な住民生活を守るために、地域コミュニティの脅威となる民泊や、正体不明な違法民泊をしっかりと取り締まることであり、その上で観光政策として新しい観光の形としての民泊が、地域コミュニティの一員として受け入れられるように、「より良い民泊」の事例を数多く示し、地域の中で育てていくことです。
大阪でのこの度の方針転換は、単なる規制強化ではなく、観光都市として規模が大きく、経済的影響が大きい中でも、将来的な地域全体のウエルネスを意識して、地域コミュニティの受容を広げ、地域との関係性を深め、地域に調和した宿泊運営モデルを目指しての方針転換であると発表されており、今後の取り組みが注目されます。
この他にも都内ではこれまでに、豊島区、新宿区、墨田区、葛飾区、北区、江戸川区などで見直しが行われています。そうした中、都内唯一の特区民泊を進めている大田区では、認定されているエリアにおいて、これまで通り通年営業が可能であり、利益優先の不動産投資も活発に行われており、民泊認定件数は右肩上がりに伸びており、それに伴い苦情件数も増加傾向にあります。
最近でも、小学校の目の前にできる民泊、通り抜けできない私道奥にできる民泊、80室を超えるホテルのような大規模民泊など、地域住民への配慮に欠け、事業者の顔も分からない民泊に不安を募らせており、地域と調和した民泊とは程遠い民泊が急増しており、早急な政策の見直しが求められております。
民泊が、地域の中に存在する「暮らしに近い宿泊施設」であることから、今後は地域コミュニティの一員として、地域住民との対話や挨拶、情報共有、接点づくりなどのコミュニケーションを大切にする必要があり、関係する行政、事業者、地域、利用者などステークホルダーの方々との連携と協力が不可欠であります。そして「地域と共に育つ民泊」を目指して、地道な努力をお互いに積み重ねていくことが求められます。
民泊は日本を訪れる外国人旅行者から、「日本らしい暮らしの体験」ができるユニークで魅力的な滞在施設として人気を集めています。こうした民泊を育てていくことにより、温かいおもてなしで外国人旅行者を迎え入れるエントランスとなり、併せて日本の文化や歴史、生活を世界に発信する窓口ともなり、国際交流の架け橋にもなる可能性があります。
このような民泊政策にしていくためには、地域の未来像を共有し、覚悟を持って進めていかなくてはなりません。そのためにも、今は政策を早急に一度リセットして、地域の不安を解消し、営業中の施設や新たに認定を受けた施設に対する監視・指導を強化し、悪質民泊を取り締まり、住民生活を守ることを第一に取り組んでいただきたいと思います。