「情報システムの標準化」は自治体の業務改革(BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング))の好機とすべき

国は2025年度末を期限に、自治体が担う税や戸籍、国民健康保険、介護保険など20事業の情報システムを統一する「情報システムの標準化」への移行に関する基本方針を打ち出し、2025年度末を一応の移行期限とするシステムの大移動に取り組んでいます。

「情報システムの標準化」の必要性は、新型コロナウィルス感染症対策において重要な課題として顕在化し、自治体ごとに異なるシステムを採用していることにより、特別定額給付金の支給遅れをはじめ、様々な問題が生じました。これを受け、標準化の実現に向けて時間的ゴールを設定し、要件や法律の整備を進めています。

しかし現実には自治体の取り組むべき作業量が膨大で、対応する職員の不足や、全国1788自治体が一斉に取り組むために、作業を請け負うIT事業者の人手不足もあり、都内半数以上の32区市町村が期限内に間に合わない状況になっております。

特に、「期限第一」で進めている関係で、事業者の入力ミスなども多々発生しており、全国で約300の自治体の標準化を請け負うシステム開発大手の富士通や富士通Japanが、期限内の作業完了を事実上断念するなど、様々な混乱が生じております。

東京都はこれまでデジタル局を中心として、都内区市町村のDX推進の後押しをしており、伴走型サポートを心掛け、職員の派遣など柔軟かつきめ細かく対応してまいりました。

またこの度の混乱を受け、東京都は国に対し、「期限第一」の取り組みではなく、「安全第一」の取り組みに転換するよう緊急要望を行い、移行経費も含め2030年までの期限延長を実現いたしました。

全国の自治体で用いられているシステムを標準化することは、自治体業務の大幅な効率化が進み、システムの保守や運用に関するコストカットや住民の利便性の向上が期待され、特にシステム間のデータ連携が円滑になり、自治体のデジタル基盤が強化されます。更にシステム機能の標準化やガバメントクラウド(政府が運営する共通のクラウド)

の利用により、新規参入システムの移行の障壁が下がることで、ベンダーロックイン(ベンダーに依存せざるを得ない状況)からの解消にも繋がります。

こうした標準化の取り組みは、デジタル社会における行政サービスの在り方を大きく変える転換点となるもので、「誰一人取り残さないデジタル社会」の実現を目指す中核となるものです。

ところで、「情報システムの標準化」は、自治体による移行義務に加えて、標準準拠システムをガバメントクラウドに移行する努力義務も課せられており、今後自治体の負担する運用経費の急増についても対応が求められます。

更にガバメントクラウドへの移行は、セキュリティ上の大きな課題を孕んでいると指摘されています。現在世界では、政府や自治体が管理するデータについて、他国の法律や規制などの影響を受けないようにするなど、自国のデータを国内で管理する「データ主権」などの動きが広まっています。特に欧州では、一般データ保護規制への対応のために必要な主権を担保した「ソブリンクラウド」という概念が浸透しています。

求められるのは、自国の主権を担保しながらデータを利用することにより、社会におけるデジタルインフラを支えていくことです。

現在国が進めている「情報システムの標準化」は、デジタルガバメントや自治体DXを進める上で利便性の訴求がある一方で、データをどのように管理し、セキュリティを担保するかという、安心・安全な観点からの発信が不足しているように感じられます。

特に昨今、あらゆる業界・業務で生成AIの活用が本格化しており、生成AI活用基盤を支えるクラウドインフラにおけるデータ主権の重要性が高まっています。国内におけるクラウドサービスの調達においては、政府の統一的なセキュリティ評価制度である「ISMAP( Information system Security Management and Assessment Program」に基づいて認証が求められます。この制度により、セキュリティ水準の高いクラウドサービスの選定が可能となりますが、現在ガバメントクラウド認定のクラウドは米国企業4社(マイクロソフト・オラクル・アマゾン・グーグル)と国産1社(さくらインターネットは条件付きで認定)に限られており、実質的には国産クラウドを選びにくい状況になっています。

現在クラウドサービスの調達における統一的なセキュリティ評価制度により、自国の法律に準拠してデータ運用が行え、データセンターを国内に置き、運用を自国の企業のみに制限されておりますが、政府が「クラウドプログラム」を特定重要物資の1つと定めていることから、今後の重要課題として、国産ガバメントクラウドの数を増やす取り組みや、デリバリー体制の構築など、早急な改善が求められます。

この様に、「情報システムの標準化」を進める上で、時間的課題、財政的課題、セキュリティの課題など様々困難がある中で、政府は2025年度末を移行期限とする原則は維持しつつも、開発ベンダーのリソース逼迫で遅れる場合は、「特定移行支援システム」として国が移行経費を含め2030年度末まで支援するという方針に変更しました。

「情報システムの標準化」は行政の効率性向上と市民サービスの向上のために不可欠なものです。しかし、現在この取り組みが佳境を迎える中で、国の目指す姿と自治体の実態との乖離が明確になってきております。

特にこれまで政府は、「データ連携に関する課題は事業者間協議にて解決を行う」という方針であったため、この度の方針転換に対応が間に合わない状況になっています。今後自治体においては、「事業者間協議」を円滑に進めるための調整も重要になってまいります。

こうしたことから、本来の目的を達成するまでにはまだまだ時間がかかる状況です。その中で、このプロジェクトを成功させるポイントは、各自治体が「義務」としてではなく、自治体に共通している課題解決の好機として捉え、全体最適化の視点でのBPR(業務改革)に基づいて、これまでの個別最適化された業務システムの在り方を見直すなど、明確な目的を持って、市民サービスの向上に繋げていくことが大切だと思います。

東京都はこれからも区市町村と連携して、デジタル社会における真の都民サービスの向上に取り組んでまいります。

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